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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1990号 判決 1963年2月22日

原告 松岡鎌一

右訴訟代理人弁護士 上代琢禅

浜田源治郎

被告 黒田幸安

右訴訟代理人弁護士 野島豊志

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の建物を明け渡しかつ昭和三一年一月一日から右明渡ずみまで一ヶ月金三、〇〇〇円の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金五〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の一の事実は当事者間に争いない。

よって右解約申入の正当事由の有無につき判断する。成立に争ない甲第二号証≪中略≫の全趣旨をあわせれば、原告はその主張の麻布市兵衛町に住居を有し、その主張の家族女中をこれに住まわせ、自らは自己の主宰する株式会社マツオカの一室を本拠としているところ、右麻布の住居はかねてから首都高速道路二号分岐線の計画地にあり、いずれは移転が見込まれているところ、その後右工事はすでに着工され、原告ら家族は昭和三七年一一月とりあえず、原告が大田区新井宿に有するアパートの二室に移転して不自由の生活をしていること、原告はその主張のような営業を目的とする株式会社マツオカの代表取締役であるが、右会社は従来原告が個人として営んでいた営業を昭和二三年に法人組織にしたもので、払込ずみの資本金二、〇〇〇万円、その大部分の株式は原告に属し、依然として原告の個人的色彩の強い会社であるところ、その一〇〇余人に及ぶ従業員のうち、相当数のものが下宿住まいであり、従来から社員寮の建設が切望されており、しかも地方出身の者が多く、原告は右会社代表者としてそれら従業員の地方にいる親許に対し、独身従業員の生活について安心させるべき責任を感じており、一部には会社で他からアパートを借りて提供しているがなお十分でないこと、原告の五女久代は右会社の社員柴崎行雄に嫁しているが、その住居は他から賃借しており月収に比して高家賃で原告としてはこれに住居を提供する必要を感じていること、かような事情から原告は本件建物の敷地二八坪八合とその敷地三五坪五合五勺をあわせてこれを右会社に提供し、その地上に家族近親者の住居と社員寮とを兼ねたアパートを建築して原告ら居住部分は会社から賃借することを計画し、右隣地についてはその地上建物の居住者金田洋一との間で調停を成立せしめ、すでにその明渡を得て建物を収去し、現に更地となっているが、これだけでは建ぺい率の関係で不可能であること、本件建物は昭和一〇年ごろの建築ですでに相当老朽化していること、原告は他にも一、二土地を所有しているが、あるいは右会社の本店の敷地となっており、あるいは貸家がたっているがそれには借家人があって、明渡は困難であること等の事実を認めることができる。

これに対し証人黒田キル子、黒田道子の各証言及び被告本人尋本の結果をあわせれば被告は本件建物に妻と二女との三人で住み自分は朝日通信なる広告業者に雇われ、妻は多年小学校の教論としてつとめ、現に大田区山王小学校に勤務しており、二女はピアノの教師として本件建物階下を用いて附近の子女にピアノを教えており、生活は必ずしも余裕あるというほどのものではないこと被告の妻は五四才でいずれ退職の上は子供のための塾を開く希望を有することを認めることができる。

以上の事実によって考えるに原告の麻布の家は予想されたとおり高速道路敷地としてすでに失われ、他に住居を確保すべき必要のあることは明らかで、現にいるアパートはその所有ではあるがその家族の構成にくらべてせまきにすぎ一時の応急的住居たる以上の意味はないと考えられる。またその主宰する会社のため社員寮を提供することはもとより自己使用そのものではないけれども個人的色彩の強い右会社のためにすることは自己のためにする場合に準じて考えられ、会社として右のような事情のもとに社員寮を用意しようとすることは当然でありあえて無用のことというを得ない。原告が他に嫁した五女夫婦に住居を与えることは必ずしも独立してその必要あるものとは解しがたいけれども、前記のようなアパートを建設するにあたってはその計画の一部にこれを織り込むとしてもあえて非難するには当らないであろう。そして原告が他に土地を有するとしても直ちに利用し得るものなく、本件の隣地はすでに更地として確保してあり、本件建物は相当老朽であって、ここを前記の要求をみたすためのアパート建設の敷地に択ぶことはやむなきところというべきである。これに対して被告側の本件建物を必要とする事情も諒し得ないではないが、被告ら夫婦の現在の都合では必ずしも本件建物から他に移転することがその生活上いちじるしく不利益をもたらすものとは解しがたいのみでなく、附近にこれに代るものを探すことも不可能ではない。被告の妻の退職後のことはなお将来にまつほかなく、その二女も年令境遇からして、近い将来結婚して別居する可能性は十分考えられるところであり、これによる打開も期待し得るものである。そして、原告が被告との妥協を求めて大森簡易裁判所に調停を申し立て、そのさい従前の供託にかかる賃料免除、明渡期間一年猶予、移転料三〇万円支払、又は本件土地上に建てんとするアパートの一室の貸与等の条件を提示したことは当事者間に争なく、原告本人尋問の結果によれば原告はなお相当額(敷地坪当二万円くらい)の移転料を支払う用意があるというのである。もっとも原告本人の供述によれば原告は麻布の土地建物につき相当高額の補償金を得たことをうかがい得るが、これによって直ちに本件の土地をさしおいてあらたに他の土地を取得して前記の需要をみたすべきであるとはいい得ない。これを要するに原告が本件賃貸借を解約するについては正当の事由あるものと解するのが相当である。

しからば本件賃貸借は右解約申入の六月後である昭和三六年一月一四日の経過とともに終了したものであること明らかで、被告は原告に本件家屋を明け渡し、かつ昭和三一年一月一日から昭和三六年一月一四日まで一ヶ年金三、〇〇〇円の割合による賃料(被告が右期間賃料を供託していること、右供託は賃料値上交渉が折合わないためであったことは当事者間に争ないが、それ以上に右供託が弁済として効力あるゆえんについては被告において主張立証しないから右賃料債務の消滅はこれを認め得ないとしなければならない)及び同年一月一五日から右明渡ずみまで前同一割分による賃料相当の損害金を支払うべき義務がある。

よって原告の本訴請求を理由あるものとして認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(判事 浅沼武)

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